私が畳屋になった理由

畳は子どもの頃から親しみのあるものでした

なぜかって、家が畳屋だったからです

子どもの頃は家に畳の部屋がいくつもあるのが普通でした

それが、50年も経つと畳はめっきり少なくなってしまいました

最近は和室をフローリングにリフォームするので畳の処分だけなんて仕事が増えました

とっても寂しい気分です

なぜなんだろうってことはまた今度書くとして、なぜ畳屋になったのか

 

家と店が一緒になっているので、家に帰ってくると父が店で仕事をしています

そんな風景が当たり前の風景でした

ご飯を食べていても、機械の音が聞こえてくるような生活です

なので、いぐさの香りが当たり前の生活ですので、

店に入ってきたお客さんが

「いぐさのいい香り〜」と言っても店では特にいぐさの香りは感じないんですよね

それが普通の生活でした

それが一変するのが、父の病気です

その頃私は、違う仕事をしていました

ですが、父が病気で仕事ができなくなったことで、誰もいなくなった畳屋は閉めるしかありません

それが、どうしても寂しく感じました

それで、私がするしかありません

そんなんで、畳の仕事は配達くらいしか手伝ったことしかなかったので、畳を作ることはしていませんでした

なので、初めはとっても苦労しました

ですが、なんとか店を守ってきました

守ってきたのは、店のようですが実は畳という文化かもしれません

そして、父とは一緒に仕事をすることは少なかったんですが、父の代のお客さんから

父のことを聞くと、引き締まる思いです

父に対しても恥ずかしい仕事はできませんからね

長き仕事をしてきた、尼崎で恥ずかしい仕事はできません

お客さんを騙したり、嘘をつくような仕事は絶対にできませんよね

そんな思いで仕事をしています

 

お住みのお宅の畳が痛んで気になっていたら

ぜひご連絡ください

LINEで写真を送っていただくだけで大丈夫です

 

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次